ともりね
JP EN
先行登録

物語の見本

ある母娘の、三月から五月まで

声から、物語へ

ある日、ある母娘の会話から生まれた物語。
毎日のお話が、どのようにひとつの「思い出話」になっていくのか。

交わされた言葉

三月から五月、いくつかの朝と夕方に

お母様は、お父様のことや、和歌山の畑のことを、ふとした時に話してくださいました。これは、その中の三つの会話の、ありのままの記録です。 ※実際の会話の文字起こしを、編集せずにそのまま掲載しています

毎日、スマートフォンでともりねとお話しになるお母様

三月十二日 朝のお話

08:32 — 4分32秒

  1. ともりね

    おはようございます、田中さん。今朝はお天気いいですね。何か召し上がりましたか。

  2. お母様

    あー、おはようさん。今朝はね、ご飯と、お味噌汁と、それだけよ。お味噌汁はね、なんやったかな、お豆腐とわかめの。

  3. ともりね

    お豆腐とわかめの、いいですね。あの、昨日のお話で、お父様が畑をやっていらしたっておっしゃってましたよね。和歌山の。

  4. お母様

    そうそうそう、和歌山。田辺の山あいよ。あのね、朝なんかね、ほんまにね、土の匂いがしてくるんよ。父が出ていくと、もう、家の中まで土の匂いやった。下駄の音がね、カラン、コロン、って。砂利道で。私は六つか七つやったから、もう、布団から飛び出して、ついていったんよ。母が「律子、もうちょっと寝とき」って言うのも聞かんと。

  5. ともりね

    下駄の音、カラン、コロン……。目に浮かぶようなお話ですね。お父様、畑では何を植えていらしたんですか。

  6. お母様

    夏はね、茄子と、胡瓜と、トマト。冬は大根に、白菜。あの人な、何にも教えてくれへんねん。教えてくれへんけど、私が見てるとこで、ゆーっくり、ゆーっくり、手を動かすんよ。茄子のね、ヘタの摘み方とか、胡瓜の蔓の結び方とか。それでもう、いつのまにか、私の手も同じように動くようになってた。今でもよ、台所で茄子持つと、指が勝手に動くんよ、こうやって、ふっと。

四月三日 夕方のお話

17:48 — 3分18秒

  1. ともりね

    こんにちは。今日もお元気そうで、何よりです。お茶でも一緒にどうですか。

  2. お母様

    ありがとうね。今ちょうど、煎茶淹れたとこ。今日は寒いから、温かいのが嬉しいわ。

  3. ともりね

    そういえば前に、お父様のお漬物のお話を少しだけ聞いたんですけど、もう少し詳しく伺ってもいいですか。

  4. お母様

    あー、信夫漬けね。あのね、私の母がそう呼んでたんよ、父の漬物のこと。塩と糠だけのね、地味な漬物よ。夏の終わりに、茄子と胡瓜で漬けるんよ。それがね、冬中ずっと食卓にあったの。父にしか作れん味やって、母が言うてた。樽がね、台所の隅にあってね、古い木の樽。今でもね、糠の匂い嗅ぐと、あの台所の隅、思い出すわ。

  5. ともりね

    信夫漬け、お父様のお名前がついているんですね。素敵な呼び名です。

  6. お母様

    そうそう、信夫っていうの、父の名前。母はね、なんでも自分なりの呼び方つけてた人やったから。樽はね、父が亡くなってから、私が東京に持って帰ったんよ。中身はもう、空っぽやけど。台所の隅に、まだあるわ、今も。

四月二十一日 夜のお話

21:14 — 5分47秒

  1. ともりね

    こんばんは、田中さん。今日はゆっくり過ごされてましたか。

  2. お母様

    うん、今日はね、雨やったから、家でね、写真整理してたんよ。古いやつ。そしたらね、父の写真が出てきて、ちょっと、いろいろ、思い出してね。

  3. ともりね

    お写真、いいですね。どんなお父様の写真でしたか。

  4. お母様

    畑の写真よ、麦藁帽子かぶってね。黄色いタオル首に巻いてね。あの人、夏はいつもそうやった。それでね、一つ、ずっと忘れてた話、思い出したわ。あれね、私が中学二年の、夏の夕方やった。畑におったんよ、父と。そしたら急に父が手を止めて、空を見上げてね、独り言みたいに言うたんよ。「お前のおじいちゃんはな、戦争で死んだやろ。あの人もな、畑が好きやった。豆を植えてな、よう一緒に食べたわ。お前のおじいちゃんの豆な、ほんまに、甘かったんや」って。それだけ。それ以上は、何にも言わへんかった。父はまた、何ごともなかったみたいに、胡瓜の蔓を結びはじめて。

  5. ともりね

    とても大事なお話を、教えてくださってありがとうございます。お父様、ふだんは無口な方だったんですか。

  6. お母様

    そう、ものすごう無口な人。母とよう喧嘩しとった、父が黙りすぎるから。けど、畑におるときだけはね、ちょっとだけ違ったんよ。「ほら、見てみい」って、小指ほどの里芋なんかをね、土から掘り出して、見せてくれたりするんよ。たったそれだけで、私はうれしうて、うれしうて、なんやろね、あの時のこと、もう六十年経っても、はっきり覚えてる。父の横顔とね、茜色の空と、土の匂いと、蝉の声。

そして、しばらく経って、
ともりねの 物語編みエンジン が、
ひとつの物語へと紡いでいきます。

完成した物語

父と畑

和歌山、田辺の山あいで

2026年5月23日 · 7つの会話から · 約4分

この物語は、ともりねが7回の会話からていねいに編んだ実例です。お名前など、個人情報は変更しています。

この八ヶ月のあいだ、お母様は折にふれて、お父様のことや和歌山の畑のことを話してくださいました。その言葉を、ひとつの物語として、ここにまとめさせていただきました。

— ともりね より

I

父のことを思い出すとき、いちばん最初に浮かぶのは、土の匂いです。

父の名前は信夫(のぶお)と言いました。和歌山県の田辺の、山あいの小さな家に住んでいました。家の裏には小さな畑があって、その向こうは竹藪、もっと向こうは山でした。

朝、まだ涼しいうちに、父は畑に出ていきました。古い麦藁帽子をかぶって、首には黄色いタオルを巻いて。下駄の音が、家の前の砂利道で、カラン、コロン、と鳴ったものです。私は六つか七つでしたから、その音を聞くと、布団から飛び起きて、父のあとをついていきました。

ハル──母のことです──は、いつも台所から「律子、もうちょっと寝とき」と言ってましたけれど、私は聞きませんでした。

三月十二日の朝 · お母様の声 「信夫さんの下駄の音と、わたしと」
0:48
ご家族のアプリで物語を開いた画面
I. 物語の表紙

II

父は何ひとつ説明してくれませんでした。

茄子、胡瓜、トマト、夏の野菜たち。冬は大根と、白菜。父はただ、私が見ているところで、ゆっくり、ゆっくり手を動かすのです。茄子のへたを摘むときの指のひねり方。胡瓜の蔓を竹に結ぶときの紐の角度。土を掘るときに、腰をどこまで落とすか。

「教えてもらった」という覚えは、ないのです。それでも、いつのまにか、私の手も、父と同じように動くようになっていました。今でも、台所で茄子を持つと、指が勝手に動きます。

父は無口な人でした。母とよく喧嘩していたのは、たぶん、父が黙りすぎていたからだと思います。けれど、畑にいるときは違いました。「ほら、見てみい」と、たまに小さく言って、土の中から小指ほどの里芋を掘り出してみせるのです。それだけのことで、私はうれしゅうて、うれしゅうて。

四月三日の夕方 · お母様の声 「父の手が、わたしの手に教えてくれた」
1:32
物語の本文と音声クリップが並ぶ画面
II. 文章と、お声と

III

夏の終わりになると、父は茄子と胡瓜で漬物を作りました。塩と糠だけの、地味な漬物です。母はそれを「信夫漬け」と呼んでいました。父にしか作れない味だ、と。冬じゅう、毎日、その漬物が食卓にありました。今でも糠の匂いを嗅ぐと、私はあの台所の隅の、古い木の樽を思い出します。

一度だけ、父が私に長い話をしてくれたことがあります。私が中学二年の、夏の夕方の畑で。父は急に手を止めて、空を見上げて、独り言みたいに言ったのです。

お前のおじいちゃんはな、戦争で死んだやろ。あの人もな、畑が好きやった。豆を植えてな、よう一緒に食べたわ。お前のおじいちゃんの豆な、ほんまに、甘かったんや

それだけです。それ以上は、何も言いませんでした。父はまた、何ごともなかったように、胡瓜の蔓を結びはじめました。

でも、私はその瞬間のことを、六十年たった今でも、はっきり覚えています。父の横顔。茜色の空。土の匂い。蝉の声。何も言わない父が、それでも私に何かを残してくれたのだと、ずっとあとになってから、ようやく気がつきました。

四月二十一日の夜 · お母様の声 「父がおじいちゃんの豆のことを話した夕方」
2:08
音声クリップを再生する画面
III. 触れて、聴ける

IV

父が亡くなったのは、私が三十歳の春でした。

それから、畑は誰も世話する人がいなくて、雑草に覆われてしまいました。母も少しずつ弱って、結局、家を畳むことになりました。家を出る日、私は畑のあった場所を見にいきました。竹藪と山だけが、変わらずそこにありました。隅にあった小さなお地蔵さんの石も、雑草の中にまだ立っていました。

畑が失くなったとき、私は泣きませんでした。けれど、漬物の樽だけは、東京の家に持って帰りました。今もまだ、台所の隅に置いてあります。中はもう、空っぽですけれど。

不思議なものです。父の声は、もうほとんど覚えていません。父の手の温度も。けれど、土の匂いだけは、今でもはっきりと思い出せるのです。雨上がりの朝、ベランダの植木鉢の前に立つと、ふっと、あのときの父が、隣に立っているような気がします。麦藁帽子に、黄色いタオル。下駄の音。

──きっと、父が私に教えてくれた一番大きなものは、言葉ではなくて、あの匂いと、あの音だったのでしょう。

五月十八日の昼 · お母様の声 「信夫漬けの樽が、今も台所にあります」
1:14
物語の終わりの画面
IV. 一篇の本のように

あなたのご家族にも

物語を、はじめませんか

先行登録する